前章で免疫の全体像について簡単に触れましたが、ここでもう一度まとめておきましょう。
体細胞、免疫細胞の個々の細胞にはTLRが備わっています。TLRとはToll-like receptor(Toll様受容体)の略で、種々の病原体や異物を感知して自然免疫を発動させる機能を持っているセンサーです。
自然免疫が発動しないと獲得免疫は働くことができません。しかし、自然免疫の次に、順番として獲得免疫が働くというものではなくて、相互に作用しながら働いていきます。

TLRは特定の分子を認識するのではなくて、もっと広い範囲で病原体のパターンを認識します。抗原特異性のないところが獲得免疫の抗体とは違うところです。
TLRが反応するパターンとは、病原体の持つ2本鎖RNAとか鞭毛とかリポ多糖などをパターンです。
TLRには種類があって、TLR1はリポタンパク質、TLR3は二本鎖RNA、TLR4はリポ多糖、TLR5は鞭毛のフラジェリンに反応します。
TLRによって感知する成分が異なるので、何らかの病原体は体内に入ってくるとそれに対応したTLRがその病原体の特徴(パターン)をとらえて反応することになります。

■パイエル板

乳酸菌が体内に入ると、乳酸菌も菌の一種なので小腸内のTLRにキャッチされます。
そうするとサイトカインや抗菌ペプチドが分泌され有害菌の増殖が抑えられます。抗体を製造する獲得免疫の活動も活性化します。NK細胞の活性化も促します。

小腸には「免疫寛容」という性質があります。身体に必要なものに対しては、大きな免疫反応が起こらずにうけいれる性質です。害のある遺物と判断したときには、通常の免疫反応がおきます。この仕組みはよくわかっていません。ただ腸内細菌群が免疫機構に働きかけているのだろうと推測されています。

腸壁の襞の絨毛部分のところどころにパッチワークのようにパイエル板というリンパ組織が並んでいます。
パイエル板の領域で重要な働きをするのがM細胞です。
M細胞はパイエル板の粘膜上皮に存在し、腸管内腔の細菌などの抗原を取り込み、基底膜側で接触しているT細胞やB細胞、マクロファージに抗原を提示することによって、パイエル板内の免疫細胞群に抗原情報を伝達します。
パイエル板で増殖したB細胞はプラズマ細胞に分化し、抗原に対応する免疫グロブリンA(IgA)を消化管内腔に分泌します。つまりプラズマ細胞は、抗体を分泌するということです

パイエル板内では種々の免疫細胞の間で複雑に情報処理が行われ、病原微生物に対しては排除するように働き、食物由来のタンパク質や腸内の常在細菌に対してはアレルギー反応などの異常な免疫反応が起こらないように免疫寛容を行うと考えられています。

乳酸菌はまず自然免疫を活性化し、続けて獲得免疫の活性化を促しているのです。

パイエル板は、哺乳類が持つ免疫器官で、柔毛組織が未発達な箇所に存在します。
絨毛にはリンパ管と毛細血管が分布しており、アミノ酸、ブドウ糖は毛細血管から吸収され、脂質はリンパ管から吸収されます。

食物由来のタンパク質に激しく免疫応答を起こしてしまう食物アレルギーにも、パイエル板での情報処理が深く関係していると考えられています。

■生きた乳酸菌? 死んだ乳酸菌?

乳酸菌が自然免疫を活性化するわけですが、細胞のセンサー(TLR)が反応するのは菌の構成要素です。菌の死がいの一部(ペプチド)で、菌そのものではありません。
ということは「生きた菌」にこだわる必要はないという訳です。
死んだ菌で十分なのです。また、乳酸菌であればよいのですから「ビフィズス菌」だけこだわる必要もないわけです。乳酸桿菌でも乳酸球菌でもビフィズス菌でも、生きていようが死んでいようが構わないのです。
そうすると、大事なのは乳酸菌の種類ではなくて「数」ということになります。
なるべくたくさんの乳酸菌を取り込んで、腸管免疫を刺激して活性化していくことが肝要ということになります。
毎日継続的にヨーグルトを食べるでもよいですし、サプリメントを利用するのも効率的かと思います。

■マウスを使った実験

乳酸菌の効果を調べるためにマウスをつかった実験があります。
以下のマウスで比較します。

①通常のえさを与えたマウス
②牛乳を添加したえさを与えたマウス
③殺菌酸乳を添加したえさを与えたマウス

1グループ90匹を使用しました。
マウスには離乳期から生涯にわたって同じ餌を与え続けました。
③の殺菌酸乳とは、発酵乳を加熱殺菌したものです。乳酸菌は死んでいます。
①と②の寿命は84週でした。③は91週生きました。③の腸内フローラを調べてみると、①、②の10倍のビフィズス菌がいたということです。
この結果から、以下のように考えました。

1.乳酸菌は死んだものでも効果がある
2.ビフィズス菌は寿命を延ばす(病気の発生を予防する)

③のマウスの死亡原因は、感染症、がん、循環器系疾患だったが、これらの発症を抑制していたのだろう、ということ。

生きた菌にこだわらなくても、腸内フローラは改善するのです。
ポイントは、菌そのものではなくて菌の成分なのだ、と考えられるわけです。

■生きた菌よりもオリゴ糖

殺菌酸乳による腸内フローラの改善は、オリゴ糖を投与したときの効果と似ています。むしろそれ以上です。オリゴ糖はビフィズス菌のえさ栄養分になる糖です。生きた菌よりもオリゴ糖の方が効果が高いということも実験の結果わかりました。
オリゴ糖によって増殖するビフィズス菌は1グラム当たり100億個、生きた乳酸菌によって増殖するビフィズス菌は1億個程度です。100倍の違いがあります。
つまり「生きた菌」よりも「エサ」を摂取したほうが腸内環境は改善されるということになります。

■腸内細菌はどうして免疫に攻撃されないのか

ヒトにとって腸内細菌が異物であることには変わりがありません。まだよくわかっていませんが、腸内細菌が免疫によって攻撃されない理由としていくつかの可能性があります。

一般の細胞や免疫細胞では病原菌を感知するTLRは細胞の表面に出ています。しかし、腸管の粘膜上皮細胞では、腸管内側の表面には生えていなく、粘膜固有層側だけに生えています。このため、細胞内に侵入してきた病原菌には反応するけれども、単に腸壁の表面に貼りついているだけの細菌に対しては免疫反応が起きなくなることになります。

また、腸内細菌の側でも工夫しているようです。体の構造を少し変えているのです。例えば、最近に鞭毛が出ているとTLRが感知しますが、鞭毛を体内にしまい込んでいる細菌がいます。また、鞭毛が退化した細菌も確認されています。
また細胞壁の構造を少し変えてTLRに感知されにくくしている細菌もいるようです。
いずれにしても、いまだ、腸内細菌が免疫の攻撃から逃れている決定的な理由は明らかにはなっていません。
このあたりが、研究者の向学心を掻き立てているようです。いずれ解明されることになるでしょう。

■腸管免疫

死んだ乳酸菌で腸内環境が改善されるということは、免疫の作用が関係しているということになります。
そして腸管における免疫系は、神経系・内部分泌系と連携して身体の状態を一定に保つシステムとなっています。
免疫系が刺激されるとその細胞はサイトカイン(生理活性物質)をだし、神経系・内分泌系を活性化させます。神経系は主に自律神経を介した神経伝達物質によって、内分泌系はホルモンによって免疫系に影響を与えます。

免疫系・神経系・内分泌系は相互に影響を与え合っているのです。体調不良を防ぎ健康状態をよくするためには、この3者がバランスよく協調していることが大事になってきます。

免疫活性をうまくしてやると神経系・内分泌系の働きに好影響を与えることができますので、乳酸菌による腸内フローラの改善が大きな意味を持ってくることになります。

参考文献
『腸を鍛える』光岡知足、祥伝社、2015.10.10初版
『新しい免疫入門』審良静雄、黒崎知博 ブルーバックス、2014.12.20初版