お腹がすくので食欲がわいてくるのですが、お腹がすいていなくても食べたくなるときがあります。それはその食べ物がおいしそうに見えるときです。

何かを食べておいしいと感じるのはどういうときでしょうか。

・味がいい

・においがいい

というのが基本でしょうか。

ほかにも「食事は目で食べる」といういい方があるように見た目も非常に大事です。

咀嚼音、肉などがジュージュー焼ける音、噛んだときの破砕音も重要です。

おいしさを感じる要素は複数あります。味覚、臭覚、触覚、視覚、聴覚の五感を使って食事を「味わって」いるのだと思います。が、その中心となるのはやはり味覚でしょう。

人は味をどのような仕組みで感じることができるのでしょうか。

1 味覚

基本味といわれる味の成分が5個あります。

「甘味」 「塩味」 「酸味」 「苦味」 そして 「うま味」です。

基本味といわれる理由は「味細胞」が感じるからです。甘味には甘味だけを専門に感じる味細胞があり、塩味にも同様に専門の味細胞があるのです。

しかし普段食事をしていて、「辛い」と感じることがあります。これも味の一種ではないかと思うのですが、辛みは味細胞が感じているわけではないのです。

ほかにも「渋み」を感じることもありますが、これは味細胞が感じているのではないのです。

「辛味」とか「渋み」というのは口内の粘膜の奥の方にある感覚神経を刺激しているのです。

なので、基本味は素早く感知されますが「辛味」「渋み」はちょっと遅れて感知されることになります。カレーを食べて「うまい!」と感じ、少し遅れてから「辛い!!」感じるのはそういう訳なのです。

味細胞は集合して、「味蕾(みらい)」と呼ばれる小器官を形成しています。

ひとつの味蕾になかには50から100個くらいの味細胞が詰まっています。

生まれた時から10代くらいまでが味蕾が多く、年を取るとだんだん減っていきます。70代になるとピーク時の半部くらいになっているそうです。

なので、年寄りは「最近の食べ物は、うまくなくなったな」などとぼやくのでしょう。

2.嗅覚

食べ物には匂いがあります。匂いは食欲に大きくかかわってきますし、「食べても大丈夫か否か」という判断にも使われます。

鼻の奥には「鼻腔」と呼ばれる部屋があり、そこの上の壁に「嗅上皮」と名付けられた部位があります。そこに、匂い分子を感知する「嗅細胞」が集まっています。

匂い分子は食べ物から揮発した分子です。その分子を嗅細胞の「嗅覚受容体」というたんぱく質でとらえます。

嗅覚受容体は400種類ほどあります。ひとつの嗅細胞は一種類の嗅覚受容体を持ちます。それぞれの嗅細胞は特定のにおいを担当しているのです。

嗅覚受容体が発見されたのは1991年です。比較的最近です。コロンビア大学のリチャード・アクセルとリンダ・バックです。2人は、2004年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。

ところで、ものを食べたときに感じる匂いは、口の中や食道から喉の奥をとおって鼻腔に入るルートが主たる経路となります。これを「口中香(こうちゅうか)」といいます。鼻から直接入ってくる匂いもありますが、口中香が中心です。

口中香は味覚と一緒に感じているため、普段私たちは、味と匂いを区別してものを食べていません。

風邪をひいて鼻が詰まっていると、好きなものを食べてもおいしく感じません。「味がしない」と思ってしまうのですが、実は味ではなくて「匂い」が嗅げていないのです。

ほかにも「食感」、噛んだ時の「破砕音」、「色あい」などを感じたり聞いたり見たりして「おいしさ」というものを記憶していきます。

白ワインを色素で赤くしたものを飲ませる実験があります。

被験者は、赤ワインと思い込んで飲むので、味について聞かれると赤ワインとしての特徴を述べてしまうのです。

他にも、金額が高い方を「おいしい」と感じる傾向がありますし、ほめられているものを食べたほうが「おいしい」と感じる傾向もあります。

「おいしさ」とは脳みそで作られている幻想なのかもしれません。

その“おいしさ幻想”が「不要な食欲」を生み出していくのです。

3.食欲

体内環境を一定に保つ働きを「恒常性(ホメオスタシス)」といいますが、その機序の中心となっている箇所が視床下部です。

視床下部は自律神経系の中枢で調節・中継の部位と本能を司どっています。

摂食行動や飲水行動だけでなく、体温調節、抗利尿ホルモン、血圧、心拍数、性行動、睡眠、子宮筋収縮、乳腺(にゅうせん)分泌などの本能行動、怒りや不安などの情動行動(大脳新皮質と辺縁系皮質)の調節をします。また、内分泌系(ホルモン)の中枢も担っている部位でもあります。

視床下部は、間脳に属する部位で、親指の先くらいの大きさしかありませんが、さらにいくつかの領域に分けられます。

腹内側核という領域が「満腹中枢」と呼ばれています。満腹を感じると食べることをやめるように働きます。

外側野という領域が「空腹中枢」と呼ばれ、空腹を感じ摂食を促す働きをします。

「満腹中枢」と「空腹中枢」によって摂食調節がなされていうという二重支配説は1950年代から60年代に打ち立てられ、その後1980年代までは支配的な説でした。

1994年、レプチンが発見されます。レプチンは、前にも内臓脂肪のところで登場しましたが、脂肪細胞から分泌されるホルモンです。

レプチンは視床下部に働いて摂食を抑制することがわかりました。また、交感神経を活発化させて脂肪組織にたくわえられている中性脂肪の分解を促進します。

レプチンの発見によって「満腹中枢」と「空腹中枢」の二重支配説から、別の領域(中枢)も関与しているのではないかと考えられるようになりました。そして、弓状核にレプチンの受容体が多く存在していることが発見されました。

弓状核のレプチン受容体がレプチンの「食べるな」という情報を受け取り、食欲を抑えます。

その後、弓状核はレプチンだけでなくブドウ糖やアミノ酸、脂肪酸なども監視していることがわかりました。ホルモンや栄養素の濃度の変化に応じて満腹感と空腹感を生み出し摂食をコントロールしていると考えられています。

弓状核は摂食制御において中心的な役割を果たしているため「摂食中枢」と呼ばれています。満腹中枢と呼ばれていた腹内側核、空腹中枢と呼ばれていた外側野は弓状核と共同して摂食の制御にかかわっています。

肥満になるとインスリンが効きづらくなる「インスリン抵抗性」を生じますが、同じように、肥満になると「レプチン抵抗性」も生じます。

(「インスリン抵抗性」は、高血糖、高血圧、脂質異常症をもたらし動脈硬化につながるものでした。)

レプチンは脂肪細胞から出てくるので、肥満者の血液中には普通の人よりも多くのレプチンが流れています。しかし、効きづらくなっているため、「食べるな」という信号がうまく弓状核でキャッチできないのです。

ではなぜ、レプチン抵抗性が生じるのか。見出されたのはPTPRJという酵素でした。

レプチンは効きすぎると食欲を奪ってしまうので餓死する危険があります。その危険を回避する仕組みとして、過剰にレプチンが分泌されたときPTPRJという酵素でブレーキをかけて、食欲の減退を防止していると考えられます。PTPRJは脳の摂食中枢の神経細胞において高発現しています。

つまり、レプチンの分泌が増えてくるとそれ以上にPTPRJも増加して、食欲の減退を防止します。

体に脂肪がついてきて太れば太るほどレプチンの効き目は弱くなって、食欲が制御されなくなってくるのです。

PTPRJはレプチン抵抗性の原因であり、同時にインスリン抵抗性の原因となっていることもわかっています。

PTPRJの働きを抑える薬品ができれば、メタボリックシンドローム(肥満)に対して非常に有効な薬品となります。研究の成果を待ちたいと思います。

肥満になると高血圧になりやすくなる原因としてインスリン抵抗性がありました。

インスリンが交感神経を刺激して末梢が収縮して血圧が上がるのです。そしてレプチンも交感神経を刺激します。結果、血圧の上昇に貢献することになります。

肥満の人は正常体重の人の2~3倍高血圧を発症する確率が高いといわれています。

(1)恒常性の食欲

マウスを水や餌が十分にある環境下に置きます。マウスはいつでも食べたいときに食べられる状態です。

しかし、ネズミは食べ過ぎたりしません。体重を一定に保つ量しか食べません。マウスの食欲は空腹感と満腹感でもってうまく調整されているのです。これを「恒常性の食欲」といいます。

同じように、人においても体重など体の状態を一定に保つための恒常性の食欲が存在します。

それに貢献しているのがレプチンです。

レプチンは食欲の長期的ベースラインを決めていると考えられています。根拠として、食事の影響でレプチンの血中量は変わらないこと、食事に関係なく24時間周期でゆっくりと変動していることが挙げられます。

消化管に食べものが入ってくるとそれを察知して「消化管ホルモン」が分泌されます。消化管ホルモンは20くらいあるホルモンの総称です。それらのホルモンは、消化液の分泌を促進し、腸の蠕動を促したり増したりします。

消化管ホルモンは迷走神経にも作用して、食物が消化管に到達したことを脳に伝えます。

迷走神経とは12対ある脳神経の10番目の神経です。

迷走神経には、運動神経と感覚神経(知覚神経)があります。副交感神経性の繊維だけを持っており頚部、胸部、腹部など、伸びている範囲も広域です。この様子が、まるで迷走しているかのように見えることから、「迷走神経」という名前が付いたとする説があります。

すべての内臓は迷走神経によって脳とつながっていて、相互に迅速に情報のやり取りを行っています。

「食べ物が消化管に入っている」という情報は、最終的には視床下部の弓状核へ伝わって空腹感や満腹感を生み出す役割を果たしています。

グレリンは胃から分泌されるホルモンです。このホルモンは「空腹感」を生み出し、摂食を促進する作用があります。

血液中のグレリン濃度は肥満すると低くなり、痩せると高くなります。また、ご飯を食べるとグレリン濃度は低くなり、絶食すると濃度が高くなります。

グレリンはレプチンと同様に体重を一定にする働きがあります。

面白いことに、毎日、ご飯の時間になるとグレリンの濃度が高まり、数時間で減少します。これは実際にご飯を食べても、食べなくても起きる現象なのです。体が食事の時間を覚えていてその期待からグレリンの分泌が高まると考えられています。

CCK、PYY、GLP-1の3つのホルモンは腸から放出されます。これらは、グレリンとは逆で「満腹感」を生みだすホルモンです。つまり食欲を低減させます。

食事開始後10分くらいで濃度が上昇し、1時間程度で最大限を示し、数時間で低下します。

これらのホルモンを動物に投与すると摂食量が顕著に減ります。これらのホルモンは「満腹感を与えて食事を終わらせる」働きがあるのです。

脂肪細胞から分泌されるレプチンの放出量は体脂肪の量に比例していて、正常体重の範囲内では、体に脂肪が多くなってくるとレプチンも多くなり食欲が抑制されます。逆に痩せてきてレプチンが少なってくると食欲が旺盛になります。

体脂肪量はゆっくりと変化するのでレプチンの放出量もゆっくりと変化し、中長期的な食欲のベースを決めています。

では日々の食欲の変化はどのように決まるのでしょうか。

日々の生活の中で感じる空腹感と満腹感は、消化管ホルモンの働きや迷走神経の働きで、消化管の中にある食物の存在を脳が察知することによって発生します。

さらにインスリンの分泌量や血糖値、血液中のアミノ酸の、脂肪酸も食欲に関与します。

グレリン、CCK、PYY、GLP-1などの様々なホルモン、栄養素の情報が弓状核に集まることによって「1日単位の食欲」が作られていると考えられています。

中長期的には、レプチンの働きがメインで、日々の単位でみるとグレリン、CCK、PYY、GLP-1が中心となって「恒常性の食欲」が制御されています。

「恒常性の食欲」は、動物が体の状態を一定に保つための基本的な仕組みです。

もちろん、人にもこのよう仕組みが働いているのですが、大人になるにしたがって「好み」とか「欲望」という魔物が生じてきて「好きなものをいっぱい食べたい」と思うようになります。「快楽性の食欲」の発生です。この食欲が暴走することによって人は肥満になるのです。

(2)快楽性の食欲

「快楽性の食欲」とはおいしいものを食べたいという気持ちのことです。この気持ちを生みだしているのは脳です。

脳は食事だけでなくあらゆるものについて「快」「不快」の判別をしています。

自分にとって良いものだと気持ちよくなり、悪いものだと不快になったり怒りを感じたりします。このような気持ちの変化を「情動」といいます。

「快楽性の食欲」と「情動」は深く結びついています。自分にとって「何がおいしいのか」ということは経験と記憶に基づいて決まってきます。そして、それを見ただけで食欲がわいてきます。満腹でも食べたくなります。そして食べる。自分にとっておいしいものを食べたとき、人は「快楽」を感じるのです。

快の情動が生まれるのには、「報酬系」と呼ばれる脳内システムが関与しています。報酬系はものを食べることや性行動に快感を与えることによって反復性を促します。これによって人は栄養状態が良くなったり、子孫の繁栄にもつながっていったりします。

報酬系は本来、生存や種の存続のために欠かせないシステムなのです。

しかし、厄介なのは、ヒトは快楽のみを追求してしまうことがあることです。その結果、報酬系のシステムは依存症へと行き着いてしまうという危険をはらんでいます。

余談ですが、ヒットする嗜好品(商品)はこのあたりを狙って、依存性が高まるような仕組みを考えて作ればよいのです。

中脳に含まれる「腹側被蓋野」には報酬系を作っている神経細胞が存在します。

大脳は「皮質」と「皮質以外の部位」に分けられますが、皮質では思考や判断などを行う高度な処理が行われます。「皮質以外の部分」には、「偏桃体」「海馬」「側坐核」があります。偏桃体は食欲に深くかかわり、海馬は記憶に深くかかわります。側坐核は快感を生み出す「快楽中枢」で、報酬系と密接な関係があります。

◆海馬

記憶や空間学習能力に関わる脳の器官です。

記憶には「エピソード記憶」と「手続き記憶」があります。

「いつ、どこで、何をした」という記憶が「エピソード記憶」で、言葉で端的に説明できる記憶です。

「手続き記憶」というのは、自転車の乗り方とか泳ぎ方などで、言葉ではうまく説明しづらいけれども、体で覚えているような記憶です。

海馬がダメージを受けると、「手続き記憶」には問題はおきませんが「エピソード記憶」に支障が出ます。

また、海馬が損傷しても、損傷する前の記憶は残っています。つまり、昔の記憶は海馬以外のところに保存されていることになります。

現在は、短期記憶は海馬にあり、そこから徐々に大脳皮質に移行してそこで保存されると考えられています。

◆扁桃体

扁桃とはアーモンドの別名で、側頭葉内部にあるアーモンド形の神経細胞の塊を偏桃体といいます。

情動反応の処理と短期的記憶において大きな役割を持ち、恐怖感、不安、悲しみ、喜び、直観力、痛み、記憶、価値判断、情動の処理に関与しています。

偏桃体には、大脳皮質や海馬、腹側被蓋野からの情報が入ります

そして、様々な刺激に対して「快か不快かの判断」をしています。

身体によいことは「快」、悪いことは「不快」として判断します

その判断の基準としている記憶は大脳皮質や偏桃体自体に保管されている過去の情動の記憶と考えられています。

◆側坐核

前脳に存在する直径2ミリほどの神経細胞の集団で左右にひとつずつあります。報酬、快感、嗜癖、恐怖などに重要な役割を果たすと考えられています。

報酬系

報酬系を活発化させる食べ物は強い快楽性の食欲を生み出し、報酬系回路でのドパミンの放出をします。側坐核で出され大脳皮質や扁桃体でも放出されます。

食べ物の中でも砂糖などの甘いもの、脂肪などに報酬系は強く反応します。甘みと脂肪が混ざった食べ物(生クリームなど)には特に強く反応します。依存性が生じてくるのです。

食欲を抑制するレプチンは腹側被蓋野にも働いて側坐核でのドパミンの分泌を抑制する働きがあります。快楽性の食欲を抑える働きをしているのです。しかし、肥満になっているときには、レプチン抵抗性が大きくなっているので、レプチンの効き目が悪く、食欲を抑えられなくなっています。これが、いちど肥満になると、なかなか痩せない理由のひとつです。

薬物依存という症状があります。

ある種の化学物質を摂取することによって報酬系を刺激して快感を得ていると、それを繰り返すことによって次第に薬物の使用量を増やしていかないと、前と同じくらいの快感を得ることができなくなってきます。つまり繰り返すことによって「慣れ」が生じ、報酬系の働きが弱まってくるのです。そして、徐々に摂取する量や回数が増えていきます。これが薬物依存です。

肥満した人ではドパミンに効き目が悪くなっていることが知られています。どういうことかというと、報酬系の働きが弱くなっているということです。薬物依存と同じように食事をしても普通の量では満足できなくなっているのです。前と同じ快楽を得ようとして摂食量が増えたり頻度が増えたりしていきます。特に甘みと脂肪分に対する依存性には高いものがあります。より甘いもの、脂肪分の多い物へと嗜好性が動いていきます。依存症となってしまうのです。

ネズミを使った実験では、薬物依存よりも甘みと脂肪分の依存のほうが抜けづらいという報告があります。

いったん太ってしまうと、なかなか痩せなくなってしまうのはこの辺に大きな理由があるのです。